宝物が集まる公園
明治36(1903)年に開園した「日比谷公園」。園内には、野外コンサート会場として多くのアーティストに愛さる大音楽堂や、日本最初の本格的なコンサートホール日比谷公会堂があり、「音楽の聖地」としても知られています。

▲(左)明治36年の開園当初からある鋳鉄製の水飲みで、交通手段に牛馬が利用されていたことから馬用の受け皿もついている (右上)明治8(1875)年に造られた京橋の欄干柱。大正時代に移設された (右下)南極観測船「ふじ」が南極から持ち帰った重さ150kgの片麻岩
そんな日比谷公園の代名詞は、音楽や美しいガーデニングだけではありません。敷地にはあっと驚くお宝も点在しているのです。例えば、明治時代に設置された「水飲み場」や、明治に築造され大正時代に架け替えられた「京橋の欄干柱」、日本の南極観測隊が採取した南極の石など、実は歴史探訪も楽しめる公園なのです。
展示された遺物を一つ一つ見つけて歩けば、まるで博物館を歩いているような気分になります。
日比谷公園だけで江戸城一周ができちゃう!?

▲有楽門。北側の主柱西面に「以日比谷門舊礎建造明治三十五年五月」と刻字がある
公園の入口にも歴史が隠されていますよ。門柱に注目してください。実はこれ、約400年前の江戸城の一部なのです。江戸城は、日本一広大な城域を有した徳川将軍家の居城。城下町ごと外濠で囲んだ構造で、総延長は14kmあったといわれています。外濠には「見附」と呼ばれる城門が配置され番兵が常に見張っていました。かつては壮観な御門がありましたが、明治に撤去され、現在は建物はなく門台の石垣が一部残るのみ。
見附の解体中に日比谷公園の開園計画が持ち上がり、巨石を公園の門柱にリユースしたというわけなのです。
開園当初から残る6つの門

▲桜門。東側脇柱南面に「以鍛治橋門及数寄屋橋門舊礎建造/明治三十五年六月」と刻まれる

▲霞門。南側脇柱南面に「以数寄屋橋門及幸橋門舊礎建造」とある
現在の日比谷公園には9つの門がありますが、開園当初から存在していた門は、霞門・桜門・有楽門・日比谷門・幸門・西幸門の6つです。主柱や脇柱に刻字された情報によると…
・霞門は数寄屋橋門と幸橋門の礎石
・桜門は鍛治橋門と数寄屋橋門の礎石
・有楽門は日比谷門の礎石
・日比谷門は赤坂門と四谷門の礎石
とあります。

▲中幸門。東側主柱東面「以幸橋門舊礎建造明治三十五年六月」とある。
幸門、西幸門には刻字がありませんが、新設された中幸門には「幸橋門舊礎」とあり、元々は幸門か西幸門どちらかの脇柱だったことがうかがえます。西幸門は脇柱の台座だけ残っているので、これは怪しいですね!

▲市ヶ谷門にあった巨石。「鏡石」という権威を示した石だ
ちなみに、園内には「烏帽子岩」と呼ばれる巨石も野外展示されています。これも元々は市ヶ谷見附にあった巨石が移設されたものです。日比谷公園を散策すると至る所で整形された石材を見つけることができるので、なにげなく置かれた残石はきっとどれも元・江戸城の石垣だったのでしょう。
こんなところで江戸城の見附めぐりができるなんて!
西洋文化と和の財産を融合させた公園

▲心字池と江戸城の石垣
日比谷公園石材探しの締めくくりは、心字池横の石垣へ。これも日比谷見附に接続していた石垣を活かした設計です。造園の底流は「西洋の受容と和の融合」。西洋文化を導入し劇的な変化を遂げる明治時代前半の日本で、歴史の中に置いてきてはいけないルーツを織り交ぜた造りこそ、日比谷公園最大の魅力といえますね。
日比谷公園に行くと、江戸、明治、大正、昭和の時代をわたり歩いた日本と出会えるかもしれません!
- 日比谷公園
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所在地
千代田区日比谷公園1-6
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最寄駅
日比谷
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電話番号
03-3501-6428
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